
図 乳癌の病理組織, HE染色, 高倍率像.
2020年には、新たに診断された乳がんの症例数は約2,260万件、がんによる死亡者数は全世界で約68万人と推定された。Latest global cancer data: cancer burden rises to 19.3 million new cases and
10.0 million cancer deaths in 2020. こちら。
乳がんは通常1つの病変として出現するが、片側の乳房に発生する乳がん(片側乳がん)では、複数の病変が同時または時間をおいて現れることがある。
1つのみの病変(単一病変乳がん:unifocal breast cancer, UFBC)と区別するために、このような症例は2つのカテゴリーに分類されている。
多発性乳癌は、
同一乳房内の同一区域に複数の腫瘍病変が存在する場合を多発性乳癌(multifocal breast cancer)、
異なる区域に複数の腫瘍病変が存在する場合を多中心性乳癌(multicentric breast cancer)に分類される。こちら。
しかし、分類基準の不統一や解剖学的なあいまいさのため、これらをまとめて多中心性/多発性乳がん(multicentric/multifocal breast cancer, MMBC)と呼ばれることがある。
2つの分類
1. 多中心性乳がん(multicentric breast cancer, MCBC)
これは同じ乳房の複数の区域に2つ以上の腫瘍が存在する場合を指す。一部では、異なる病変が同じ乳房内の複数の区域にあるかどうかにかかわらず、それらが互いに4~5 cm以上離れていればMCBCと呼ぶべきだとしている。

図 多中心性乳がん(multicentric breast cancer, MCBC). Your Pathology Report. こちら。
multicentric : 複数の中心(center)を持つ、または複数の中心から発生するという意味。
2. 多発性乳がん(multifocal breast cancer, MFBC)
これは同じ乳房の1つの区域内に2つ以上の腫瘍が存在する場合を指す。MFBCの病変間の最小距離については、Lüttgesらは少なくとも2 cmと提案しており、Ustaaliogluらは1 mm以上と述べている。他の研究者らは、検体内の独立した病変は肉眼で観察できる必要がある(顕微鏡的病変は除く)としている。別の研究者は、複数の病変は非がん組織または上皮内がん(carcinoma in situ)によって明確に分類すべき、とされている。

図 多発性乳がん(multifocal breast cancer, MFBC. Your Pathology Report. こちら。
multifocal: 「多中心性 (multicentric)」と「多病巣性 (multifocal)」は、どちらもがんが複数箇所に存在する状態を指すが、その意味合いが異なる。
「多中心性 multicentric」は、異なる場所に発生した腫瘍が、それぞれ独立した起源を持つ場合を指す。一方、「多病巣性 multifocal」は、一つの腫瘍から派生した複数の病巣が、同じ乳管内や隣接する部位に存在する状態を指す。
多中心性/多発性乳がん(multicentric/multifocal breast cancer, MMBC)は一般的にみられる病態であるものの、その臨床病理学的特徴、適切な治療戦略、予後および生存率については十分に明らかにされていない。過去の研究では、MMBCは単発乳癌(UFBC)と比較して、
リンパ節転移の頻度の増加、
分化度の低下、
HER2陽性、
リンパ管侵襲の存在
と関連していることが示されている。
予後は、MMBCとUFBCの違いを検討した研究はあるものの不明である。しかしある研究では、MMBC症例はUFBC症例よりも死亡率が高く、生存期間も短くMMBCが独立した予後因子であるとしている。他の研究ではMMBCとUFBC症例の全生存期間(OS)および無病生存期間(DFS)に有意な差は認められなかったとしている。
多発性乳癌の発生頻度
多発性乳癌の発生頻度は、6%〜60%と文献によりばらつきがある。画像診断、特にMRI(磁気共鳴画像)の進歩により、多発病変の検出率は向上している。
多発性乳癌の臨床的な意義および予後
多発性乳癌の臨床的意義については、明確に確立されていない。一部の研究では、多発性乳癌は単発性乳癌(unifocal breast cancer)と比較して、腫瘍ステージの上昇、グレードの高さ、リンパ管浸潤、リンパ節転移の頻度が高く、生存率も劣ると報告されている。一方で、これらの指標や予後因子に有意差はないとする報告もある。
現在のTNM分類では、腫瘍の数や位置は評価項目に含まれておらず、最大の病変サイズのみでT分類が決定されている。
T1乳癌は、腫瘍径が最大2 cm以下の病変であり、早期乳癌で予後良好、再発リスクも低いとされている。しかし、T1乳癌であっても多発性や多中心性であることがあり、そのような病態における予後や治療方針への影響は依然として不明である。
Comparing the outcome between multicentric/multifocal breast cancer and unifocal breast cancer: A systematic review and meta-analysis. こちら。
多発性乳癌は遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)と関連しているかも知れない
HBOCは、次に,一般的な乳がんよりも若い年齢で発症しやすい傾向があること(=若年発症),片側あるいは両側の乳房にいくつも乳がんを発症しやすいこと(=多発性)が挙げられる。
これら遺伝性症候群は、乳がんになりやすい体質をもっているため,例えば,乳がんに対して乳房を部分的に切除する手術を受けた場合,残した乳房に再び乳がんが発症する可能性は一般的な乳がんよりも高く,また反対側の健康な乳房にも将来乳がんが発症しやすい特徴がある。
HBOC で発症する乳がんに特徴はありますか? JOHBOC 一般社団法人日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構. こちら。
HBOCとは
遺伝性乳癌卵巣癌症候群(hereditary breast and ovarian cancer syndrome:HBOC syndrome,以下HBOC )は,BRCA の生殖細胞系列の変異に起因する乳癌および卵巣癌をはじめとするがんの易罹患性症候群であり,常染色体優性遺伝形式を示す。現時点でBRCA1やBRCA2 以外の乳癌あるいは卵巣癌の易罹患性に関わる複数の遺伝子が同定されているが,いまだ診療の場で広く活用されていない。将来,これらの遺伝子変異に基づいて発症する乳癌や卵巣癌の臨床的な特徴が明らかになり,対策が明確になればHBOC の概念は変わる可能性もある。なお,HBOC は単に遺伝性乳癌卵巣癌とも呼称され,現在では同じ疾患概念を指している。このような単一遺伝子の変異により易罹患性に関わる遺伝性腫瘍は,乳癌の7~10%を占めるとされる。米国では35~64 歳の乳癌女性症例の約5%にBRCA の変異を認めている。一方,卵巣癌においては海外で卵巣癌症例の15%にBRCA の変異を認めたとする報告がある。
HBOC 診療の手引き. こちら。
冒頭の写真は網走監獄博物館。こちら。
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