はじめに
インフルエンザウイルスとは
インフルエンザウイルスはオルソミクソウイルス科(Orthomyxoviridae; orthos は通常の, 真っすぐの; myxoは粘膜,の意味)に属する分節状のマイナス鎖RNAを遺伝子とするウイルスである.現在までにA, B, C, Dの4つの型に大別されている.流行を起こすのはAとBの型である.
インフルエンザAウイルスは,8分節の遺伝子に分かれている.
ウイルス粒子の表面にはヘマグルチニン(hemagulutinin, HA; 細胞表面にHAを介して結合し,細胞内に侵入する)とノイラミニダーゼ(neuraminidase, NA; NAは,ウイルスが感染細胞から外へ出て行く際に,ウイルスエンベロープの外側部分と結合した状態 [シアル酸が存在する]で,これを切り離してウイルスを細胞から遊離させる酵素)という糖蛋白が存在し,それぞれHAは16種類(H1-H16)とNAは9種類(N1-N9)の亜型に分類されている.その組み合わせにより多くの亜型が存在するが,実際に流行する型は下記の如く限られている.
BとC型はヒトにしか感染しないのに対して,A型はヒト以外のトリ,ブタなどの種々の動物に感染する.一部のトリインフルエンザを除いて,ヒト病原性を有するHAはH1, H2, H3の3種類, NAはN1, N2の2種類のみである.
*よって,季節性のインフルエンザに対するワクチンの代表的なものは, H1N1, H3N2などである(現在世界的に最も流行しているのは,この2種類).
図1 インフルエンザの構造.それぞれヘマグルチニン,ノイラミニダーゼ,M2蛋白(細胞侵入を補助),RNP(ウイルスゲノム蛋白).
2024/25 シーズンのインフルエンザワクチンのポイント
- 厚労省が決定した2024/25 シーズンのワクチン製造株と,WHOのそれとは異なる.
- 厚生労働省はA型株2つ,B型株2 つを有する4価ワクチンに決定した(表1).一方,WHO は A型株2つ,B型株1 つを有する3 価ワクチンを製造決定した(表2).
- 日本とWHOでワクチンに含まれる株が異なる理由
新型コロナウイルス流行時, 2020/21および2021/22シーズンの国内のインフルエンザウイルスの流行は, 例年と比べて小規模であった。しかし, 2022/23シーズンは, SARS-CoV-2の流行以前よりは小さいものの, 全国的にインフルエンザの流行がみられた。世界の流行状況は, 2023年はA型が約94%を占め, そのうちA亜型株はA/H3が約70%,B型はすべてビクトリア系統であった。山形系統の流行は確認されなかった。日本国内では約95%がA/H3であった。WHOワクチン会議の結果を踏まえて,ワクチン接種後のヒト血清抗体と流行株との反応性, およびワクチン製造候補株の製造効率などを国立感染症研究所で検討した結果,A型2株およびB型2株を選定した。
インフルエンザB 型の流行系統は予想しにくい.1990 年代,日本では B/山形系統が流行した一方で,B/ビクトリア系統は散発的な流行であった.その後2000 年代にB/ビクトリア系統が再び増加し,B/山形系統は散発的な発生に留まっている.インフルエンザB 型の流行は地域特異性がある.
*過去の情報であるが,3価ワクチンと4価ワクチンは1人当たり,250円(~1,000円)程度上がったと言われている.
ワクチン株の3価と4価の違いについて
厚生労働省が決定した2024/25 シーズンのワクチン製造株とその特徴
A/Victoria(ビクトリア) /4897/2022(IVR-238)(H1N1)pdm09
A/California(カリフォルニア) /122/2022(SAN-022)(H3N2)
B/Phuket (プーケット) /3073/2013 (山形系統)
B/Austria(オーストリア) /1359417/2021(BVR-26)(ビクトリア系統)
(例) A/Victoria(ビクトリア) /4897/2022(IVR-238)(H1N1)pdm09
→インフルエンザA型,ビクトリア系統(カナダ)で, 2022年に分離された 4897番の株, インフルエンザワクチンロードマップ(Influenza vaccines R&D Roadmap), 238番, H1N1, 2009年に世界中で流行した新型インフルエンザウイルスに類似する. 以下同.
卵ベースのワクチン製造Egg-based vaccines | |
A型株 | A/Victoria/4897/2022 (H1N1) pdm09-like virus |
A/Thailand/8/2022 (H3N2)-like virus | |
B型株 | B/Austria/1359417/2021 (B/Victoria lineage)-like virus |
細胞培養またはリコンビナントベースのワクチン製造Cell culture- or recombinant-based vaccines | |
A型株 | A/Wisconsin/67/2022 (H1N1) pdm09-like virus |
A/Massachusetts/18/2022 (H3N2)-like virus | |
B型株 | B/Austria/1359417/2021 (B/Victoria lineage)-like virus |
表2 WHOが決定した2024/25 シーズンのワクチン製造株
世界的に流行しているインフルエンザ株
- インフルエンザA型H1N1
A/H1N1の遺伝子分析ではクレードC1.1(6B.1A.5a.2a および 6B.1A.5a.2a.1)系統ウイルスは,地域によって異なるが,過去から現在まで継続的に流行している.A/Victoria/4897/2022に代表されるC.1.1を含む主な系統は,アメリカ,日本,ヨーロッパの一部の国で発生している.(図3)
- インフルエンザA型H3N2
A/H3N2の遺伝子分析では,系統樹J/J1が世界中で流行した.
- インフルエンザB型Victoria系統
2023年2月1日以降,B/ビクトリア系統ウイルスが検出された地域では,系統樹C1/C2/C3/C4/C5/C5.1/C5.6/C5.7が流行した.
- インフルエンザB型Yamagata(山形)系統
2023年以降,世界的にインフルエンザB型山形系統の発生は散発的である.山形系統は、1990年代に大流行したことがある。その後2018年,神奈川県横浜市で集団感染が発生した。
* クレードClade とは,ギリシャ語で”枝branch”を意味する.Cladogramは生物学的な系統樹のことである.系統樹の枝の位置関係で近ければ近い程,遺伝子学的に類似する.
参考文献
子どもの予防接種. https://www.shindan.co.jp/books/index.php?menu=01&cd=240000&kbn=1
予防接種のてびき 2024-2025年度版.https://www.m2plus.com/content/14439
インフルエンザとは. 北海道大学. https://www.vetmed.hokudai.ac.jp/organization/microbiol/fluknowledgebase.html
第1回 厚 生 科 学 審 議 会 予 防 接 種・ワ ク チ ン 分 科 会 研究開発及び生
産 ・ 流通部会 季節性インフルエンザワクチン及び新型コロナワクチンの製造株に
ついて検討する小委員会 資料 2 https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/001247538.pdf
インフルエンザワクチン. 明治. https://www.meiji-seika-pharma.co.jp/medical/product/vaccine/influenza/pdf/IF0016.pdf
Recommended composition of influenza virus vaccines for use in the 2024-2025 northern hemisphere influenza season. WHO 23 February 2024. https://www.who.int/publications/m/item/recommended-composition-of-influenza-virus-vaccines-for-use-in-the-2024-2025-northern-hemisphere-influenza-season
2024–2025 Flu Season. CDC https://www.cdc.gov/flu/season/2024-2025.html
山本 勝彦. インフルエンザの基礎知識とその背景. 名古屋大学. https://www.nuas.ac.jp/IHN/report/pdf/04/05.pdf
インフルエンザとは. 国立感染症研究所. 2005. https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/219-about-flu.html
IVR https://ivr.cidrap.umn.edu/roadmap
IVD https://ivr.cidrap.umn.edu/sites/default/files/IVR_Feb_2023.pdf
Clade. Wikipedia. https://en.m.wikipedia.org/wiki/Clade
Influenza virus characterization. WHO. https://www.who.int/europe/publications/i/item/WHO-EURO-2024-6189-45954-74223
Real-time tracking of influenza A/H1N1pdm evolution. https://nextstrain.org/seasonal-flu/h1n1pdm/ha/2y?c=subclade
Real-time tracking of influenza A/H3N2 evolution. https://nextstrain.org/seasonal-flu/h3n2/ha/2y?c=subclade
Real-time tracking of influenza B/Vic evolution. https://nextstrain.org/seasonal-flu/vic/ha/2y?c=subclade
Real-time tracking of influenza B/Yam evolution. https://nextstrain.org/seasonal-flu/yam/ha/2y?c=subclade
B型2種の功罪をどう説明する. https://www.m3.com/clinical/open/news/361853
冒頭の写真は高尾山。 観光情報、いこうよ八王子、高尾山。こちら。
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