現在、不活化ポリオワクチンは、百日せき、ジフテリア、破傷風、不活化ポリオ、ヘモフィルスインフルエンザ菌b型(Hib)の5種混合ワクチン(ゴービック)に含まれる。2024年4月1日から定期接種に組み込まれた。

内科・感染症

写真はガザ地区で緊急に接種されたポリオ生ワクチン投与の様子。こちら

地球上、最も危険で困難な集団予防接種 ガザでのポリオ予防接種、第1フェーズ終了
ユニセフ地域事務所代表声明

以下、引用。

少なくとも四半世紀の間、ガザ地区では、ポリオの発症例は皆無でした。しかし、処理されることのない汚水と瓦礫の奥深くから、目に見えない脅威が戻ってきたのです。現在までに、生後11カ月の乳児にポリオの発症が確認されました。この子は、この世に生を受けてまだ間もないにもかかわらず、その短い生涯の全てがすでに最も困難な状況の中に置かれていました。そして、ポリオに罹患し、生涯続く身体的被害を受けました。

ポリオが、ガザ地区に留まらず、周辺諸国にまで拡大する危険性は、依然として高い状態です。今週、私たちはこの問題に取り組み始めました。ユニセフと国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)と世界保健機関(WHO)は、10歳未満の子ども64万人にワクチン を接種する活動をガザで展開するため、精力的に活動しています。

9月1日から3日にかけて実施された集団接種の第1フェーズでは、513の保健医療チームがガザ地区中部で活動を展開し、当初の目標を上回る18万9,000人以上の10歳未満の子どもにワクチンを投与しました。

ポリオとは

概略

 ポリオPolio(急性灰白髄炎acute poliomyelitis)は、「脊髄性小児麻痺」とも呼ばれ、ポリオウイルスによって発生する疾病である。小児(特に5歳以下)が罹患することが多く、麻痺などを起こすことがある。

 主に感染した人の便を介して伝播し、四肢の骨格筋や呼吸筋肉等に作用して麻痺を起こることがある。ときに永続的な後遺症を残すことがあり、特に成人では死亡率も高い。

ポリオPolioの由来

「ポリオ」acute poliomyelitis, という名前はギリシャ語に由来し、灰色(poliosポリオス)骨髄(myelonミエロン)と翻訳される。これは脊髄の中心にある組織を指し、ポリオに罹患しその影響を受けると麻痺を引き起こす。腕や脚などの麻痺した手足は、時間の経過とともに衰弱する。

はじめに

 ポリオは天然痘に続いて、WHOが根絶のために各国と協力して対策を強化している疾患である。天然痘は1980年に世界保健機関(WHO)により根絶宣言が出された。一方、ポリオはこれに遅れて2000年、WHO西太平洋地域で地域における根絶宣言が出された。しかし2000年に予定していた世界的な根絶宣言は延期された。この原因は、

  • 公衆衛生基盤の脆弱なナイジェリアなどのパキスタンやアフガニスタンなどのアジア、ナイジェリアなどのアフリカを中心に、野生株ポリオウイルスがまだ残存し、いまだ流行している。
  • 新たにワクチン由来株という変異株が台頭して,経口生ポリオワクチン使用による変異ポリオウイルスの拡散が起こり、根絶対策を困難にした。ポリオワクチンは経口生ワクチンから不活化ワクチンへの切り替えが望ましいが、コスト、煩雑さ等が障壁となっている。

ポリオの歴史

ポリオはワクチンが開発される1950年代まで、世界各地で流行していた。

ポリオはヒトにのみ感染し、古代から人類に存在していた感染症であったと考えられている。古代エジプトの壁画(図1)や、縄文時代の人骨などにも、ポリオの症状の特徴がみられるといわれている。

医学的なポリオ流行の記載は18世紀頃からみられ、1950年代まではしばしば世界各地で流行していた。1950年代以後、ワクチン(不活化および生ポリオワクチン)が開発され、小児に定期接種されることにより多くの国でポリオ患者は激減した。

世界的に、WHOは西暦2000年までに世界からポリオを根絶する計画をたて、地域流行のある国を中心にしてポリオワクチンの定期接種を推進し、さらには、高危険地域では家庭訪問によるワクチン接種の徹底を継続している。

日本におけるポリオは、1940年代頃から全国各地で流行がみられ、1960年には北海道を中心に5,000名以上の患者が発生する大流行が起こった。そのため1961年に、海外から生ポリオワクチンを緊急で輸入し、一斉に投与することによって流行は急速に終息した。その後、引き続いて国産生ポリオワクチンが認可され、1963年から定期接種が行われている。しかしながら、生ポリオワクチンは稀にワクチン由来株による麻痺を発症する(生ワクチン由来株ポリオ発病)ため、2012年から不活化ポリオワクチンの定期接種に変更された。

図1 古代エジプト第18王朝(B.C.1403〜1365年)の石碑に、片足が麻痺・萎縮し、杖を突いている人物が描かれている。ポストポリオ症候群post-polio syndrome (PPS)と推測される。

ポリオのウイルス学

 病原体はポリオウイルスで、エコーウイルス、コクサッキーウイルスとともにエンテロウイルス属(腸内ウイルス属)に分類される。抗原性により1型、2型、3型の3種類に分けられる。

アルコールやエーテル、クロロホルム、非イオン界面活性剤では不活化されない(失活しない=感染性を有する)が、熱、ホルムアルデヒド、塩素、紫外線により速やかに不活化される。

 ポリオウイルスは、感染後のヒトの多くは不顕性感染や風邪様症状で終息するが、約0.2~1%が発症に至る。ウイルスは経口でヒト体内に入り、咽頭や小腸の粘膜で増殖し、リンパ節を介して血流中に入る。その後に脊髄を中心とする中枢神経系へ達し、脊髄前角細胞や脳幹の運動神経ニューロンに感染し、これらを破壊することによって典型的なポリオの症状を発症する(四肢麻痺や呼吸器麻痺を起こす)。発症後1週間を経過すると、咽頭分泌液には ウイルスはほとんど排泄されなくなるが、糞便には数週間にわたって排泄されるため、感染源としての問題を生じる。

ポリオウイルスの構造および遺伝子学的特徴

ポリオウイルスは約7,500塩基対から成る1本鎖RNA(single strand RNA: ssRNA)のプラス鎖ゲノムと、カプシド(ウイルスを覆うタンパク質)から構成されるRNAウイルスである。

ウイルス表面の構造

ウイルス粒子は直径約30 nmの正20面体構造も持つ。ゲノムは小さく(ピコルナウイルス)、エンベロープを持たずRNAとそれを包む正20面体の形状をしたカプシドのみからなる単純な構造である。

*新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、約100 nmの球形、約30,000塩基対(30 kB)の構造、遺伝子を有する。

図2 ポリオウイルスの構造 Wikipedia、こちら

ポリオワクチン:経口生ポリオワクチンと不活化ポリオワクチン

 日本では長い間,経口生ポリオワクチンを定期接種として使用していた。しかし1980年以来、野生株によるポリオの発生がないにもかかわらず、生ワクチンの副反応としてワクチン株由来ポリオに罹患する子どもが稀に発症したため,2012年から不活化ポリオワクチンも含む百日せき含有 4 種混合ワクチンを生後3 か月の乳児期から,生後 18 か月までを標準的な接種期間として,計 4回の定期接種が行われてきた。

乳児の百日咳予防を更に強化するために,2023年4月から,不活化ポリオワクチンも含む4 種混合ワクチンは,欧米先進国と同様に生後2か月から接種が可能になった(テトラビック皮下注)。

さらに2024年4月1日から、5種混合ワクチン(沈降精製百日せきジフテリア破傷風不活化ポリオヘモフィルスb型混合ワクチン;ゴービック)の定期接種が開始された。対象は生後2ヶ月から生後90ヶ月(7歳6ヶ月)までの小児である。

不活化ポリオワクチン

 不活化ポリオワクチンは,経口生ポリオワクチンよりも免疫保持が弱いため,多くの欧米先進国では 4 歳以降に不活化ポリオワクチンの追加接種を導入している。

ワクチンによってポリオを根絶したと考えられていた米国では,2022年にニューヨーク州のワクチン未接種者からポリオ感染例が報告された。また,下水からもポリオウイルスがみつかったため,ニューヨーク州ではポリオウイルスに関する緊急事態宣言を発令し,不活化ポリオワクチン接種を進めている。

ゴービックの接種スケジュールは、以下の通りである。

  • 初回免疫:生後2~7か月未満で開始し、20~56日の間隔で1回0.5 mLずつを3回皮下または筋肉内に接種する。
  • 追加免疫:初回免疫後6か月以上経過したときに、0.5 mLを1回皮下または筋肉内に接種する。

(接種例)生後2か月、3か月、4か月で初回免疫を終了。その後12~15か月で追加免疫を完遂させる。

アジアにおけるポリオワクチンの接種率

図3 アジアにおけるポリワクチンの接種率 Polio. Our World in Data、こちら

2011年1月、インドにおける野生株ポリオウイルス(Wild Polio virus; WPV)の確認を最後として、WHO東南アジア地域ポリオ根絶認定委員会は、11の加盟国からなる東南アジア地域(SEAR)のWPV伝播遮断を宣言した。

東南アジア地域(SEAR)は、WHOの6地域の中で、米州地域(1994年)、西太平洋地域(2000年)、欧州地域(2002年)に次ぎ4番目のWPV根絶認定地域となった。これにより、現在WHO加盟国の約80%がポリオ根絶地域に住居していることとなる。

ポリオ罹患後、後遺症がある患者には、診療ガイダンスがある。

ポストポリオ症候群post-Polio syndrome(PPS)診療ガイダンス(脊髄性小児麻痺)のポイント

 典型的な麻痺性ポリオでは,脊髄前角細胞の不可逆的な損傷により,四肢に様々な程度の弛緩性麻痺を呈する.下肢の発症が多く,麻痺は発症直後に最も重篤で,しばらくするとある程度まで回復し,その後安定した状態が続く.ポリオ経験者が,罹患後に年月を経て新たな筋力低下や筋萎縮を生じることは,以前より報告があった1 ~ 3).ポリオ経験者が中高年になった1980 年代より,易疲労性,筋力低下,痛みなどの新たな障害を生じることが問題となり,ポストポリオ症候群(post-polio syndrome,以下 PPS)と呼ばれるようになった。 以下に、PPSの診断基準を示す(Halsteda, 1984)、こちら

参考文献
ポリオ. 厚生労働省 こちら
堀越歩裕.アフリカとアジアでのポリオ対策.小児感染免疫2022. Vol. 34. No. 2. 137-143.
ポリオ.FORTH. こちら
もっと知りたいポリオ.こちら。 
小池智.ポリオウイルス標的組織特異性機構。こちら。 
清水博之.ポリオ含有ワクチン.臨床と微生物 50(6): 677-684, 2023.
テトラビック皮下注 こちら。 
ゴービック皮下注 こちら
小児科学会が推奨する予防接種スケジュール 2024年10月27日版. 小児科学会. こちら
ポリオ根絶認定-東南アジア地域, 2014年3月.国立感染症研究所.こちら。  
ポストポリオ症候群post-Polio syndrome(PPS)診療ガイダンス(脊髄性小児麻痺)のポイント こちら

冒頭のKey Fact はWHOから引用。こちら

  • 30年前、ポリオによる麻痺患者はアメリカ大陸の国を含む125か国で、毎日1000人の患者が発生していた。
  • 1985年、アメリカ大陸でポリオ撲滅プログラムが目標設定された。
  • 1991年、ペルーでアメリカ大陸におけるポリオの最後の患者が認定された。
  • 1994年、アメリカ大陸ではポリオは撲滅と認定された。

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